安曇野ちひろ美術館

35,000平方メートルの安曇野ちひろ公園内に、北アルプスを背景にして、まるで風景の一部のように建っている小さな美術館です。訪れたときはお天気があまりよくなかったので、写真が暗く申し訳ないのですが、公式ホームページに美しい写真が載っていますのでご覧ください。

書き始めたときは、こんなに長い文章にするつもりはなかったのですが、随分長くなってしまいました。お伝えしたいことはまだまだあるのですが、最小限で我慢したつもりです。気分転換に所々読んでいただければと思います。

 

建築概要

内藤廣氏による設計で、1997年の開館に続き、2001年に増築した新館が開館しました。長野県北安曇郡松川村に位置し、建築面積は2,709平方メートル、延べ床面積が2,505平方メートル。RC造及び木造で地上一階建です。外壁仕上げは珪藻土塗、屋根は亜鉛合金板竪はぜ葺きです。

家具デザインは中村好文氏によるものです。

 

楽しいアプローチ

 

安曇野ちひろ美術館のある安曇野ちひろ公園も、内藤氏のデザインによるものです。いわゆる土木系の公園と一線を画した(土木系の方スミマセン)、建築的デザインで、ゆるやかなコンタの芝生に覆われた広場の中に、安曇野ちひろ美術館、復元されたちひろの黒姫山荘、チェコの絵本作家クヴィエタ・パツォウスカーがデザインした池と石のオブジェが点在する「パツォウスカーの庭」、花畑などが美しく配置され、アプローチに楽しさを演出しています。

ちひろ美術館正面の池は護岸のデザインも自然で、内藤氏が土木工学科の教授をされて学生を教育されているのが、とても嬉しくなりす。

(写真 上から、美術館前の池、美術館近景、美術館エントランス)

内藤氏は「環境を人為的に創るということは、必然的に幾つもの不自然なボーダーを引くことです。」と述べ、そこに生じた亀裂に対して、「私自身はこの切断された亀裂を埋めて行きたい」と考え、「分断された様々なボーダーをつなげていくこと」は「場所から派生するものと折り合いをつけること」を「可能にするひとつの道筋ではないか」と述べられています。

その試みの例として安曇野ちひろ公園の池や、駐車場をあげ、「ボーダーを消していくことで周囲と共存することを考えた。」とその意図を述べられています。ボーダーを消すというのは具体的には、池の護岸の自然なデザインや、100台近く収容しないといけない駐車場を、「車があまり止まっていないときにも景観上齟齬がないよう配慮」されていること等です。(かぎカッコ内は全て注1)

 

人を包み込むスケール

一歩中に入って感じたことは、スケール感がとても心地よいということです。巨大な美術館に行った時に感じるような威圧感はなく、外からの写真でも分かるように、切り妻屋根がかけられた空間が幾つか連続していて、その一つ一つが、少し大きな家の中に居る様な印象を与えるスケールなのです。

去年訪れた、ルイス・カーン設計のキンベル美術館(アメリカ)に入ったときも同じように感じました。

しかし、このスケールにまとめるには大変だったようです。「美術館側は展示室が広いほうがいいが、設計者側は展示室をなるべく押さえたい」というのも理解できます。

内藤氏は「長い時間絵ばかり見せられても決して楽しいものではない。」と考え、館長の松本氏も「ショップやカフェで過ごす時間も含めた全体の満足度が重要なのであって、展示を見るという要素は半分以下でもかまわない」と話されてます。(かぎカッコ内は全て注2)

私が是非訪れてみたい美術館に、デンマークのルイジアナ美術館があります。そこも、小ぶりな展示室がいくつか廊下でつながれ、途中にカフェや休憩スペースがたくさんあって、一日ゆっくり楽しめるようになっています。

(写真 上 美術館のミュージアムショップ。 下 美術館カフェ。展示室の写真は撮れなかったのですが、スケールは同じです。)

 

素形の美しさ

内藤氏はちひろ美術館が完成した頃、ディテール(彰国社)という雑誌に素形のディテールという文章を連載されていました。素形は内藤氏が創られた言葉のようで、「自分の向かっていく遥か先にある建築を『素形』と呼ぶ」と述べられています。素形が何であるかは、内藤氏の文章などを通して理解していくしかなく、ここでは詳しく書きませんが、建物を見て、素形という文字を見ると、感覚的に伝わってくるように思います。

例えば、ちひろ美術館のRCの上にのっている、美しい木造小屋組を見たとき。アルプスを背景にした、切り妻がつらなったシンプルなデザインを見たとき。内藤氏が安曇野ちひろ美術館に関して「建物の形が発生させるイメージというのは、実はどうでもいいと考えている。(中略)中の空間が、将来に対して価値を育てていく土壌になることが大事なのだと思う」(注2)という言葉も「素形」のひとつ面を表していると思われます。意味のない曲線や形を操作して組み合わせ、それを「デザイン」とよぶ考え方とは対極にあるものだと思います。

(写真 玄関前の軒天(軒の裏側のことです)を見上げる)

 

家具も味わう

もし安曇野ちひろ美術館に行かれたら、是非触って、座って、味わっていただきたいのが家具です。中村好文氏によるデザインです。

 

中村氏自身も住宅を中心に仕事をされている、非常に人気のある建築家ですが、家具のデザインでも有名です。私は、中村氏の家具を見た人が皆感じるように、シンプルで愛らしいデザイン、肌触り、使い心地のよさ、それから、その家具に対する愛情が伝わってくるような、あたたかさが好きです。

 

いい家具もいい建築と同じで、どんな人が、どんな用途で、どんな場所でどのように使うのか、きちんとしたコンセプトがあり、それが実現されています。中村氏は「内藤さんの素形の建築に対して素形の家具をつくりたいって思いましたね。」と言われており、この建築を理解されているからこそできるデザインになっています。内藤氏も「建築は僕が作りましたが、内部の空気感は、中村さんと僕の共同作業ではないかと考えています。」と述べられています。

 

家具の詳しい説明は“CONFORT 1997年夏号 No.29″(彰国社)に載っていますので是非ご覧ください。ここでは小さな写真と簡単なご説明だけに止めておきます。(かぎ括弧内は全て注3)

「ちひろ椅子」

大人と子供の中間のスケールに作られていて、大人が座ったらなんだかかわいいです。

「ララバイ」

お母さんが子供といっしょに座って絵本を読んだりする姿をイメージして作られたそうです。形遊びのための曲線とは違い、親子をやさしく包み込むための曲線から、優しさがあふれています。

 

「ミニチュア名作椅子」

中村氏の遊び心がいっぱいの椅子です。7脚セットで、背もたれが世界の名作椅子をかたどったものになっています。皆さんお分かりですか。

写真上、左よりウェグナー「Yチェア」、トーネットの曲木椅子、中村氏の「うさぎ椅子」(お茶目ですね)、ジョージ・ナカシマ「コノイドチェア」、アアルトのプライウッドチェア、写真下、左よりリートフェルト「レッド&ブルーチェア」、シェーカーの椅子。

座板は1枚の無垢板を7分割したもので、並べ替えれば1つにつながるはず。皆さんもチャレンジしてください。答えは座板の裏に

手前の男の子はでんぐり返りをしてポーズを取ってくれたのだけど、切れちゃってごめんね。

 

窓際に置かれた机とスツール。きもち良さそうですね。

館内には他にも、一休みできる場所が幾つか作ってあり、その場にぴったりの家具が置いてあります。

注1

「ディテール131号」1997年冬季号(彰国社)より引用

注2

「日経アーキテクチュア」199762日号no.582(日経BP社)より引用

注3

CONFORT 1997年夏号 No.29(彰国社)より引用