伊丹十三記念館

建築散策、数年ぶりの更新です。出産や育児であっという間に月日が流れてしまいます。今回は初めて子供づれで温泉旅行。目的は伊丹十三記念館の訪問です、

設計された中村好文さんらしさが十二分に発揮されている、居心地のよい空間が堪能できます。皆さんも松山や道後温泉に行かれたら、是非訪問してみてください。

 

建築概要

2007年5月に竣工。設計は中村好文氏。松山市中心部からバスで20分ほどの場所に、敷地があります。合流する、二つの小さな川に挟まれた敷地は、もとは四国銘菓一六タルトを製造販売している一六本舗のもので、一六本舗と伊丹十三氏はCM政策以来ご縁があり、今回も、出資されているそうです。施主は奥様である女優の宮本信子さん。

敷地面積は2442.97平米。延べ床面積は860.90平米。地上2階建て、鉄筋コンクリート造一部鉄骨造です。中庭を囲むようにエントランス・ショップ、展示室、カフェ、収蔵庫がが配置されたプランです。

 

設計趣旨

今回は、前もって資料を見たりしていなくて、お恥ずかしながら、伊丹十三氏のこともほんの一部しか知らない状態で記念館を訪問しました。でも、予備知識が無くて十分楽しめないのでは、というような心配は全くしていませんでした。というのは、設計された中村好文さんが、大の伊丹十三氏ファンであることは聞いていましたし、いままでのお仕事を拝見したり、一緒に仕事をさせていただいた経験から、訪問する人を楽しませる建築をつくる名人であることは分っていたからです。

予備知識のないままの訪問でしたが、宮本信子さんや中村好文さんが、どんな記念館にしたいか、という思いがあちこちで感じられました。目指されたのは、「伊丹十三らしさ」「ミュージアムらしさ」「居心地のよさ」が十分感じられる記念館ではないでしょうか。戻って資料を読むと、よりはっきりと理解できました。

 

伊丹十三らしさ

記念館のHPに、宮本信子さんが、記念館について「隅々まで伊丹十三が感じられる、あたたかくて、気さくで、見ごたえのある記念館になると思います」と書いてらっしゃいます。伊丹十三氏をよく知らなかった私ですが、展示内容と、展示方法で随分理解できました。

伊丹十三さんは、多彩な人で、エッセイも映画も、「上質のユーモアのセンスと遊び心を感じさせる仕事をしてきた」、だから、記念館の展示や建築のあちらこちらに、「そこはかとなくユーモアと遊び心を感じさせなければならない」(注1)と中村さんは書かれています。

その言葉どおり、展示方法、建築、カフェまで、来館者が発見して思わず「にやっ」とする仕掛けがたくさん。例えば展示方法。展示室は撮影できないので写真はありませんが、最近の展示施設によくあるような、パソコンの画面がいっぱい、コンピューターを駆使した展示ではないし、展示ケースも美しいけど、同じものがずらーっと並んでいる、そんな展示でもない。一つ一つ、展示内容にあわせた展示ケースが、様々な形状や素材でデザインされていて、見る人が自分で手を動かして、色々な発見ができるように作られています。名前にちなんで、13のテーマに分かれているのですが、各展示ケースには、抽斗がついていて、その中にも展示品が納められています。普通、展示施設の抽斗って、触ってはいけないので、それが引き出せるだけでもわくわくします。その抽斗の引き手も一つ一つ違っていて、例えば台所道具や食器を展示しているコーナーでは、キッチンのような引き手がついていたり。伊丹十三氏らしい上質のユーモアあふれる展示にするべく、中村さんが工夫を凝らした、手のぬくもりが感じられる展示。中村さんに住宅を建てて欲しいとか、中村さんの家具のファンだ、という人なら、うらやましいくらい贅沢に中村さんの楽しいデザインがちりばめられています。

例えば「カフェ・タンポポ」のメニュー。宮本信子さん考案の「十三饅頭」や、記念館の形をかたどった小さいケーキ(写真を撮るのを忘れて食べてしまいました。残念)。飲み比べのできる地元のオレンジジュース、伊丹十三氏が愛飲したアルコール類など、わくわくするメニューになっていて、気持ちよくくつろげます。ミュージアムや美術館のカフェって、おいしくないサンドイッチとコーヒー、というようなところとか、何か勘違いしているのでは?と思うような高級フレンチだったりするところが多いので、「カフェ・タンポポ」のような、気の利いたお菓子や飲み物をちょっと楽しめる、というカフェは、とっても嬉しいですよね。

 

「あるべくしてある」建築

さて、ここまで、どんな建物か、ほとんど分らなかったと思いますが、外から入ってみましょう。バスを降りて、砥部道路が小さい川を渡っているところから記念館を見たのが右上の写真です。黒い焼き杉の外壁財に包まれて、向こうの山の稜線の下に静かにそこにいる、という感じです。

このたたずまいは、伊丹十三らしさと中村好文さんの考え方に共通したものでしょう。中村さんは「伊丹十三のエッセイには『場違いであってはならない』という言葉が繰り返し出てくるが、(中略)建築というものはすべからくその「場所」にあるべくしてあるように納まっていて欲しいと思う。」(注1)と書かれています。建築がそのようであるべきというのは、今までの中村さんのつくってきた建築にも共通する考えです。それは、風景に「『溶け込むように』という意味ももちろんあるが、『風景の要となるように』」(注1)というニュアンスを含み、決して、目立たなければいい、という意味ではないのです。

私もそういう建築をつくりたいと思いますが、実際どのようなものをつくれば、それが実現できるのか、それを見つけるのがとても難しいのです。だから、今の日本の町並みを見てください。デザインという言葉で表された、様々な建売住宅やマンション。そこにあるべくしてあるように見える建築が、どれだけあるでしょうか。

なかなか、前に進みませんね。トップの写真が、敷地の前から見た全景写真です。向かって左手に見える小さな小屋は、乗り物マニアでもある伊丹十三氏の愛車を展示しているガレージです。こちらが正面、

こちらが側面です。

次の写真がエントランスです。

正面に設けた開口の前に軽い庇とガラスの風除けを設けただけの、シンプルでさりげないエントランス。あるべくしてそこにあるような、さりげないエントランスを作る難しさは、学生の時の指導教官から教えられて以来、自分が設計をするときの課題のひとつです。

 

中に入ってみましょう。こちらは受付です。中村さんらしい、やさしい手触りのカウンターです。

次の3枚がショップ。伊丹十三氏の本がまとめて売っていてうれしいです。十三饅頭も売ってます。ショップの陳列棚や収納はもちろん中村さんデザインでしょう。

 

 

ミュージアムらしさ

エントランスを入ったら、正面に中庭が見えます。その中庭を囲むように右手に展示室、向かいにカフェ、左手に週倉庫があります。中庭に建物に沿って庇がかかっていて、中庭をぐるっとかこむ回廊になっています。

この、中庭を囲むプランを見たとき、あれ?と思いました。というのは、中村さんの作られる住宅は、矩形に無駄なくコンパクトに収められながら、広がりのあるよくできたプランであることが多いからです。今回ロの字型プランにした理由を、こう説明されています。

フランスやイタリアの修道院を巡るうちに回廊と中庭にたいする憧れをいだくようになり、回廊と中庭のある建築をつくることが永年の夢だったこと、また、修道院の回廊に、人を思索に誘う独特の作用があることに気づいたこと。そして、そういう自分に静かに向き合う場所が、展示する空間以外に、ミュージアムに必要な場所であろう、と新建築(注1)で書かれています。

写真上はエントランスからまっすぐ中庭に出たところです。向かいにカフェが見えます。

下は中庭側からみたカフェ。

次は、左手を見たところ。収蔵庫部分の前に回廊が回っています。

その下は、右手を見たところ。

次が中庭側からエントランス、ショップを見たところです。

中村さんの考える、ミュージアムらしさは、前述した展示方法にもみられます。展示しているのはパソコンの画面ではなく、「本物」あるいは、「実物」、そして「『見せてもらう』という受身の態度ではなく、『自分の意思でみたい』」(注1)という思いを満足させるような、来館者が抽斗を引き出す、パネルを動かす、ハンドルを回す、など、自分の手を動かす楽しみのある展示となっていて、それが、「見る楽しみをいっそう膨らませてくれるはず」(注1)と書かれています。

 

居心地のよさ

居心地のよさに関しては、中村好文さんの建築を訪れたことのある方なら、よくご存知だと思いますが、どういう空間を作れば、そこを訪問する人が居心地のよく過ごせるかをいつも考えて建築をつくってらっしゃいます。

カフェ・タンポポの写真です。

客席全体、

次が中庭側の客席、

その次が壁際の客席です。天井から下がっているペンダント照明は、中村さんデザインのperaです。

次が、カウンターの写真です。カウンターの端にはレジがあり、カウンターと垂直方向に、カウンターと同じ材質の板が一段下げてあり、真ん中が少し掘り込んであります。支払う料金がおけるようになっています。

中庭を眺めたり、展示してある作品を見たり、ユーモアの効いたメニューを楽しんだりしながらゆっくりくつろげるカフェです。

中庭も、ぐるっと回廊を歩いたり、ベンチに腰掛けたりして静かに思索にふけったり、気持ちよく休憩したりできる空間です。こちらは中庭のベンチ。

その下はショップ・エントランス部分においてあるスツール。かわいいですね。

 

「裏方」の居心地のよさ

居心地よくすごせるのは、来館者だけではありません。中村さんは「裏方」を喜ばせる名人です。今回も、訪問しただけでは分りませんが、資料によると展示ケースを壁際にずらっと並べ、その後ろに作業用通路を確保して、背後からから展示作業とメンテナンスができる展示ケースになっているということです。

中でもこの記念館を特徴付けているのが、収蔵庫です。収蔵庫は普段非公開なのですが、記念館のイベントで収蔵庫ツアーが企画されていて、その時に一般の人も入れるということです。今回は中村さんに「是非見て」と言っていただいたこともあり、見学させていただきました。

こちらの収蔵庫は、ただ分りやすく整理整頓した効率よい収納棚ではなく、「収蔵した状態で公開に値するくらい充実したいと考えた」(注1)と説明されているとおり、まるで、「特別展示室」のようです。建築の内装自体は収蔵庫らしいものでしたが、収納棚や収納ケースは、本展示の什器に負けず劣らず、中村さんのアイデアいっぱいのデザインで作られています。なんて贅沢な収蔵庫!収蔵庫といえばスチールの棚や機能的だけど無愛想な収納ケースが一般的。中村さんデザインの家具に囲まれた書斎のような収蔵庫、この贅沢さを宮本信子さんやスタッフの方は、分ってくださっているでしょうか。詳細が分らなくても、使いやすい、公開に値する収蔵庫だということは、十分伝わっていると思います。それは、スタッフの方が中村さんのことをお話されるときの、親しみのこもった雰囲気で伝わってきます。これまで作られてきた建築でも同様でした、

 

普段非公開なので写真は撮っていませんがご了承ください。階段だけ写真を撮りました。

上から、階段見下ろし、階段踊り場、階段昇り口、手すり詳細1、手すり詳細2です。

中村さんらしい、繊細なスチールの構造、手すり子と、手触りのよい木の手すり、踏み板です。手すりの端部の手触り感にもこだわられています。

収蔵庫は普段見られませんが、この階段、実は、兄弟のようなものが、普段見られるのです。それは。。。

 

おまけ–「一六本舗同語本館前店」

さて、今回も随分長くなってしまいました。長いのですが、少しだけおまけを。。

おまけといってもご紹介するものは、かの有名な四国銘菓、一六タルトの製造販売をしている、一六本舗の道後本館前店です。

場所は、なんと、道後温泉本館のまん前です。こちらは、1階が商品販売や簡単な飲食ができる店舗、2階が、カフェ「一六茶寮」。こちらでは、一六本舗の商品や、おうどんなどがいただけます。設計は、同じ中村好文さん。

こちらは、道後温泉本館側の外観、次が商店街側の外観です。

続いて2枚が1階の店舗部分。階段横のパーティションになっている、白くて細い紐が暖簾のように並んで下がっているものも、伊丹十三記念館の展示スペースにあったものと同じ手法です。

次は、階段から1階部分を撮ったものですが、一六タルトの断面をデザイン化した、ユーモアあるテーブルと椅子のセットが二つ。これは、いつもの中村さんデザインとは違うようですが、中村さんデザインかどうか確認できていません。

次の2枚が、階段。記念館収蔵庫内の階段と兄弟のような、共通したディテールが見られます。

続いて、階段を上がって振り返ったところ。伊丹十三記念館を紹介するコーナーがあります。

最後が2階カフェの客席。窓の外に見えているのは、道後温泉本館です。

お菓子ももちろんおいしいですし、おうどんも、オリジナルメニューでとてもおいしかったです。

長くなりましたが、最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

注1

「新建築 2007年9月号」(新建築社)より引用